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政治・社会・環境などの問題について、素人なりに考えたところをまとめときましょ。
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未成年アイドルの喫煙について、人々は喫煙未成年者を叩いた。
 
未成年者は、未成年者喫煙防止法により、
確かに喫煙してはならないことになっている。
 
とはいえ、同法は、未成年者への販売と、
親権者、監督者の不制止に対してのみ、罰金を設けている。
(喫煙未成年者本人に対しては、器具の没収のみ)
 
これは建前上当然のことで、
未成年喫煙はその健康を害するが、未成年者は判断能力が劣る、
そこで、国が喫煙を禁じる。
その実現方法は、(本人への制裁でなく)
周囲の大人に制裁を課して、環境作りを促す方法によるべきだ。
という論理構造である。
 
これに対しては、
未成年者を子ども扱いしすぎだ、本人が一番罰則を受けるべきだ
という法改正論はあるだろう。
 
しかし、個人的体験からしても、
やはり健康を害することが実体験としてわかりにくい未成年者が、
自己の健康被害を理解して喫煙を我慢するということは、
酷であるし、なにより実効性を欠く。
 
禁止されていることに対するはがゆさ、
大人っぽさへの憧れ、
 
そういう未成年者特有の避けがたい衝動で未成年者は喫煙に走るのであり、
これを仮に防ごうとするのであれば、
やはり本人より周囲環境に働きかける事が自然な方法だし、より合理的だ。
 
判断能力が劣ることを理由に制限を加えるのに、
「大人より我慢しなさい、もっと自制心を持ちなさい」
というのは矛盾であろう。
 
今回の某アイドルの件については、
2度目であるという理由と、
特に他の未成年者に大きな影響を与える存在であったという理由から、
本人が非難の対象になることも当然であった。
 
しかし、未成年喫煙問題という観点でいうならば、
この轟々たる非難の嵐には何か意味があったのか。
それは何か次につながったのか。
 
本来、
彼女の実家では放任していたのではないか、
販売業者はなぜ売ったのか、
仮に店頭購入でないとすれば、
他から容易に入手できる日本の環境にこそ問題があるのではないか、
販売の禁止と親らの監督義務という現行法の手段の実効性はあるのか。
 
仮に、未成年喫煙の防止というより価値より大人の購入の便利という価値が
民意として優先するのであれば、
未成年喫煙の防止という実効性を欠く措置自体、見直されるべきでないか。
大人は自由に吸いたいが、未成年は絶対だめだ
という現在の建前は、現実と照らし合わせて都合がよすぎるのではないか。
いずれかを選択するのならいずれかをあきらめるべきでないか。
という、現行法の手段の問題や、
そもそもの現行法が実現しようとする価値への検討や、再認識が行われるべきであった。
 
今回の騒動に留まらず、
日本の社会問題は、いつもスキャンダラスな犯人探しに終始し、
既に過去の事実であるある特定の具体的事件の中で議論が終わってしまう。
 
探し出した“犯人”を、批判し、こきおろし、制裁を求め、嘲り、軽蔑し
行く末を興味の対象にする。
これはもはや問題の解決ではない。
傍観者のストレス解消に過ぎず、単なるいじめである。
全くもって非生産的である。
 
背景を分析して事件から学ぶ教訓を一般化し、
再発防止の具体的方法、さらには、再発防止が本当に必要なのかという
価値や方向性の見直しや確認といった作業こそ、むしろなされるべきことだ。
要は、事件を「他人の失態」として扱うのではなく、
「自分達の失態」であると考え直さなければならない。
 
批判したくなったときに、まてよ、この批判には本当に理由があるのか。
そんなに正しいことなのか、根本の問題はどこにあるのか
と踏みとどまって考えることが重要である。
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