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  <title>素人論考 layman's discourse</title>
  <link>http://layman.blog.shinobi.jp/</link>
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  <description>政治・社会・環境などの問題について、素人なりに考えたところをまとめときましょ。</description>
  <lastBuildDate>Sat, 27 Oct 2007 04:21:23 GMT</lastBuildDate>
  <language>ja</language>
  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
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    <item>
    <title>一連の食品表示偽装問題感想</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>表示の偽装問題は、安全性や商品の質とはとりあえずは別ものだ。</p>
<p>隠されていた実態が本当にいけないことなのか。<br />
実態をそのまま表示していれば問題はなかったのではないか。<br />
別途の検討を要する。<br />
<br />
<br />
白い恋人や、赤福なんか、<br />
<br />
「何十年もこの体制でやってきて、<br />
　健康被害はありません！　安全性の実績があります！」</p>
<p>として、やってることをそのまま表示すればいい。</p>
<p>これだけの間健康被害がなかったのだから、<br />
むしろ安全性は現実の実績があるとすらいえる。<br />
（知られていないだけで健康被害があるのであれば当然問題。）</p>
<p>何度も買ったことある客が、<br />
「これからは不安だから買いません。」<br />
なんてのは、筋が通らない。<br />
今までなにも問題なかったのを十分体験してるはずなのに。</p>
<p><br />
比内鶏だってそう。</p>
<p>「今まで、消費者に見抜かれたことはありません。<br />
　比内鶏じゃないけど、比内鶏と変わらない味だという、<br />
　これまでの確かな実績があります！」</p>
<p>って同じものを売り出せばいい。</p>
<p>ミートホープもそう。<br />
<br />
「豚の心臓とか血液を混ぜれば、<br />
　安い値段で牛肉と変わらない料理に使えます！<br />
　雨水つかってても食中毒なんか起きてません！<br />
　今まで牛肉じゃないなんて苦情来たことありません！」<br />
<br />
って嘘つかず売り出せばいい。<br />
もちろん、本当に健康被害が起こってない場合限定の話。<br />
</p>
<p><br />
グルメなおばちゃんたちが<br />
比内鶏でもない鶏食って、「やっぱ違う、うまい」とか<br />
思い込んでたとしたら、<br />
真っ先に自分の舌の不正確さを恥じるべきだね。</p>
<p>問題は消費者の行動。<br />
全く同じものを買うのに、<br />
嘘の表示がされてれば喜んで買い、<br />
ほんとのことが表示されていれば見向きもしない。<br />
こういうごまかされやすさを<br />
消費者は恥じ、<br />
自らの判断力を鍛えるべきだ。<br />
<br />
<br />
表示の偽装は詐欺みたいなもんだから<br />
許されないことに違いはないし、処分も当然。<br />
でも本質の問題は見抜けない消費者にこそある。<br />
<br />
<br />
食品の安全性や品質を真に気にしているなら、<br />
自分の舌で判別できるように舌を鍛えるべきだ。<br />
</p>]]>
    </description>
    <category>感想</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E6%84%9F%E6%83%B3/%E4%B8%80%E9%80%A3%E3%81%AE%E9%A3%9F%E5%93%81%E8%A1%A8%E7%A4%BA%E5%81%BD%E8%A3%85%E5%95%8F%E9%A1%8C%E6%84%9F%E6%83%B3</link>
    <pubDate>Sat, 27 Oct 2007 04:21:23 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>国民投票法案衆院通過感想</title>
    <description>
    <![CDATA[<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民投票法案が衆議院を可決通過した。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">憲法が憲法改正の国民投票の存在を認めており、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">また憲法の規定だけでは具体的な実施が不可能であるから、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民投票の手続法は、憲法の実践のために必要不可欠の法案である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">不存在であったこれまでの状態は、ある意味では違憲の状態である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そういう意味では、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">一部野党が廃案しか訴えなかったことは、方向性を違えていたし、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「むしろ遅きに失したくらいだ」という自由民主党幹事長の発言は</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">もっともなことである。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「一日でも早く制定する」ことは憲法の要請であることに疑いはない。<br />
とはいえ、&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民投票法は、国家の基本的方針を決定する手続を定める点で、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">他の一般的法律とは、明らかに重要度が異なる。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">郵政民営化のように、「対決」で決するべき問題では到底ありえない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">高い政治的倫理によって、&nbsp;制定課程の公正さが保持されるべきであった。<br />
</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left"><br />
将来の国民投票の時点で、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">結果的に少数者となった国民、不利益を被る国民が、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「その手続で行われ、出た結論なら、納得するしかない」</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">と、自発的に思う程度の、高い公正性が求められる。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">その公正性はいかに実現されるか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">それは、第一には、法が定める手続内容それ自体の客観的な公正さ</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">によることはもちろんであるが、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">それに匹敵するほど、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">手続が定められた手続きの公正さによるところが大きいのだ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">多少なりとも、不公正と見られうるところがあれば、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">将来の国民投票結果に不満を持つ勢力が、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">結果の正当性否定の論拠として用いる可能性があり、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">投票によって、問題に終局的決着をつけることが妨げられる。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">今の日本において、憲法がアメリカによる押し付けであるとして、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">必ずしも憲法価値の正当性を認めようとしない勢力がいるのと同じことである。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">将来において、改正後の憲法が、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「当時の与党の強権的手法で一方的に押し付けられたものに過ぎない」</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">と軽んじられることが何よりも心配である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そういう意味では、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">他の法律と同じように、結果的に党派によって賛成反対が割れるという、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">現時点の政争に引きずられた形で衆議院可決がなされたことは残念であった。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">これは、必ずしも与党にのみ責任があるわけではない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">特に今回は、野党の姿勢には疑問を感じざるを得ない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">法律制定自体に後ろ向きなそぶりを見せる党。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">内容以外の議論をことさらに持ち出す勢力。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">終盤になって大差ない対案を出して形式的にのみ反対する党。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">いずれも妥当な方法であったとは思われない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">対案は、提出するのなら序盤からしなければならない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">とはいえ、やはり与党ももう少し一般的法案処理とは異なる慎重さを</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">もつべきであっただろう。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left"><br />
例えば、自らの党にも党議拘束をはずすことを明確にして</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">野党にも議員個々で賛否を表明することを求めるとか、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">いくらでも党派対立や政争化をさける手段はあったのだ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">特に、今回に限って言えば、個人的には、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「第１回の国民投票では、憲法９条改正をしない」</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">と明言するという手法が極めて有効だったのではないかと思う。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">今回の議論は、本来なすべき手続法の中身の議論以上に、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">その次の段階である、憲法改正議論が前倒しで混在し、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">それによって、党派間の利害対立が先鋭化し、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民の議論も混乱したという印象がある。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">もちろん、９条改正問題は与党にとって、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">あるいは、日本にとって、喫緊の課題である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">与党にとっては、改正できるとなったら、一番先に手をつけたいところだろう。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">しかし、野党の批判の矛先が、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">手続法制定後の安易な９条改正議論への恐れに向けられ、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">一方で与党が、「中身の問題と手続きの問題は別だ」</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">という正論を言うのであれば、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">９条改正を論争から切り離すことで、正論を形にし、<br />
与党主導の下であっても、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">与野党一致による国民投票法案の成立は、十分可能であった。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left"><br />
少なくとも、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">議論を手続法の中身だけに収束させることができ、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">筋違いの議論に余計な時間を浪費することはなかったのではないか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民も、安心して手続面について議論をすることが出来たはずだ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">９条改正議論は、もともとおそらく一筋縄では行かない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">であれば、与党にとって、これを２回目以降の改正に移したとしても、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">実はそんなに不利な譲歩ではないはずだ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">他の条項の改正を１回目として分けることで、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">より議論がスムーズになる可能性もある。<br />
<br />
一方の野党にとっては、<br />
「９条改正を遠のかせた」との大きな収穫となり、<br />
支持者達に十分説明が可能だろう。<br />
</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">このあたりを見通して、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">自らの求める政策にシビアに優先順位をつけ、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">反対勢力の政策の優先順位を見極めて、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">効果的な譲歩案として提出し、妥協を狙うべきであった。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left"><br />
&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">それにしても、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">ここ数年の国会は、本来議会においてなされるべき、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「すり合わせ」「妥協」ということが極めて下手である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">それどころか、場合によってはしてはならないことのように扱われている。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">マスコミは、あらゆる政治的妥協を、批判の対象にしているように見えるし、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">それに今の政治家はいちいち過敏に反応し、身動きとれなくなる。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">特定の一人の考えが、そのまま現実の政策化するということは、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">確かにわかりやすいものとなるかもしれないが、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">その一人の現状認識を基に作り出された考えに過ぎない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">その一人が把握している世界でのみ、妥当なものかもしれない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民にとって、はるかに危険なのだ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">このことを、マスコミはもっと認識して、説明すべきであるし、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">政治家は、何のために妥協するのか、どのように妥協するのか、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">この妥協によって、政策にどのような優先順位がつけられたのか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">ということを正々堂々と説明する度量をもつべきである。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">妥協が、常に骨抜きなのではない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">妥協は、常に守旧なのではない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">妥協は、より多数者の現実を反映させる方法であり、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">より多数者の利益を追求する手法である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">さらには、優先順位の優劣を、シビアに検討する課程でもある。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left"><br />
美しく実効的な妥協をすることこそが、政治の役割なのである。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;<br />
<br />
</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民投票法の内容の適否には触れなかったが、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">個人的に内容について参議院にひとつだけ期待したいのは、</div>
<span style="FONT-SIZE: 10.5pt">最低投票率条項の盛り込みである。</span>]]>
    </description>
    <category>感想</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E6%84%9F%E6%83%B3/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%8A%95%E7%A5%A8%E6%B3%95%E6%A1%88%E8%A1%86%E9%99%A2%E9%80%9A%E9%81%8E%E6%84%9F%E6%83%B3</link>
    <pubDate>Fri, 13 Apr 2007 17:49:59 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>代理母出産事件感想</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>代理母出産出生届不受理事件最高裁判決が下された。<br />
概要（ニュース）は<a href="http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/kyousei_news/20070324ik02.htm"><font color="#ff6600">こちら</font></a><br />
<br />
当事者の思いはわからないでもないが、<br />
判決の結論はもっともな内容であった。</p>
<p>そもそも、今回のケースでの不利益は何か。</p>
<p>法律上の不利益としては、<br />
「血縁上の母に、嫡出子としての法律上の効果が付与されないこと」と、<br />
「代理母と子の間に、嫡出子としての法律上の効果が付与されてしまうこと」<br />
の二つがありうる。</p>
<p>法律上の利益には至らないものとしては、<br />
「子が偏見にさらされる」とか「血縁関係があることを公示できない」とか<br />
いうことが考えられる。</p>
<p><br />
先に後者について言えば、<br />
これらは、戸籍制度の事実上の効果に不平を言うものに過ぎず、<br />
重要な利益といえないと思う。</p>
<p>戸籍はもともと、国のための制度であって、<br />
国が法適用のための技術的な区別を設けて定めるに過ぎない。</p>
<p>そして、国が勝手にある区別類型に入れたからといって、<br />
それによる法効果上の不利益の点を除けば（後に論じる）、<br />
血縁関係があるという事実にはなんら影響はないと考えるべきだろう。<br />
当事者はどうどうと、親子として暮らすことができるだろう。</p>
<p>代理母を（実）母とされ、<br />
血縁のある自分が養母と国から呼ばれることに対する<br />
感情的反発は理解できる。<br />
しかし、もともと法適用のための技術的呼称に過ぎないのであり、<br />
実生活で実母と称するのを禁じられるわけでもないのだから、<br />
そのような感情的反発は、<br />
配られた整理券番号にクレームをつけるのと変わらない。<br />
それによる個人的な精神的苦痛を軽んじるわけではないが、<br />
実害のない不満であれば、<br />
その解消を他者に求めるだけの正当性はないと思う。</p>
<p>これに対しては、<br />
「国からいかなる関係として認められるかは、極めて重大な実害である」<br />
とする立場もあると考えられるが、<br />
そのような発想は、「お上（おかみ）依存主義」と言わざるを得ない。<br />
周囲がどれだけ認めてても国が認めないと意味がないとか、<br />
国が認めないと周囲が理解しない<br />
というような発想が背景にあるとすれば、<br />
むしろそういう考え方こそ、変容が求められるはずだ。<br />
<br />
繰り返すが、<br />
国が技術的にどう扱うかということが、単に名称の問題に留まる限り、<br />
これによって、既に明らかになっている、血縁関係の存在という<br />
客観的事実が、なんらかの影響を受けるものではないし、<br />
誰かの存在意義が変わるものでもない。</p>
<p>し<br />
か<br />
し、</p>
<p>これが、法律上実質的な法効果の差異をもたらし、<br />
この拘束を解消する手段がないとすれば、<br />
やはり問題であろう。<br />
今回の事例で、親権行使や、扶養や、相続といった親子関係を<br />
代理母との間にずーっと残存させなければならないとするのは、<br />
いかにも現実と乖離し、実現可能性を欠いており、<br />
子の福祉という法制度の価値とも、<br />
大きく反することになると考えざるを得ないからだ。</p>
<p>もっとも、<br />
現行法上、これを回避しうる方法があるとすれば、その方法を用いれば足り、<br />
戸籍上、「嫡出子」でなければならない必然性はなくなる。</p>
<p>決して、「分娩母が法律上の母か、血縁の母が法律上の母か」という<br />
価値観論争を否定するつもりはないが、<br />
現行制度は分娩母を法律上の母とすることで整備されており、<br />
これを変えることは制度の根本的改革をもたらすことになるし、<br />
血縁母よりも分娩母を重視することに一定の合理性がある以上、<br />
現行制度の活用で解消しうる不都合に対しては、その方が実効的なのである。</p>
<p>そして、<br />
本件の場合、「特別養子縁組制度」の活用によって、ほぼ解決しうると思える。<br />
民法は、新しい事態に手も足もでなくなるほど、愚かではないのである。</p>
<p>特別養子縁組は、<br />
　６歳未満（例外的に８歳未満）の子供について、【８１７条の５】<br />
　実親の同意があり、【８１７条の６】<br />
　子の福祉の観点から特別な必要性がある場合に、【８１７条の７】　<br />
　養親による６ヶ月間の監護状況を考慮した上で、【８１７条の８】<br />
　家庭裁判所が、養親となる者の請求により、【８１７条の２】<br />
　実親やその血族との親族関係を終了させ、【８１７条の９】<br />
　養親との親子関係を与える。【８０９条、８１０条】<br />
という制度である。</p>
<p>もちろん、<br />
もともと、代理母出産のような事例を想定した制度ではないが、<br />
代理母出産にも、十分適した制度と考えられる。<br />
仮に特別養子縁組が適用できるとすれば、</p>
<p>監護状況審査の規定により、最低で出生より６月間の期間を要することと、<br />
縁組である以上、離縁の可能性が残るということと、<br />
特別養子縁組の手続きに時間や費用がかかる。</p>
<p>という点で不利であるものの、<br />
<br />
代理母との法律関係は消滅し、<br />
代わって卵子提供母との間に、嫡出子と全く同様の<br />
法律効果が与えることができるのである。</p>
<p>離縁可能性については、<br />
養親の虐待などの反福祉事実が要件となっており、<br />
いわば自己責任ということで、大きな問題ではない。</p>
<p>６月間の期間については、確かに、<br />
その間に相続が発生しうることを考えると、重要な差異とも言いうる。<br />
しかしこれも、例えば遺言を工夫して用意することで、<br />
実質的な不都合を取り除くことが出来る。</p>
<p>したがって、<br />
嫡出子と同様の法律的取扱を受けるための代替手段として、<br />
一応十分なものが用意されているといえるのである。</p>
<p>本件では、実親の同意は契約上得ているだろうから問題ない。<br />
問題は、裁判所が特別の必要性を認めるか否かだが、<br />
さすがに三歩遅れた社会通念を歩むと揶揄される裁判所であっても、</p>
<p>もとより養育する意思はなく、遠い異国に住む代理母と、<br />
血縁関係が明らかで、実子として育てる意思のある養母とを比べ、<br />
後者に育てられる事につき<br />
「子の利益の観点から特別の必要性なし」<br />
とはおそらく考えないだろう。</p>
<p>少なくとも、<br />
不受理の取消を請求するよりは、<br />
特別養子縁組を認めよという意味での訴えの方が<br />
はるかに勝訴可能性が強く、合理的であり、子のためでもあったといえる。</p>
<p><br />
た<br />
だ<br />
し、</p>
<p>代理母（借り腹事例）について一般的に考えると、<br />
論争に値するだけの問題が少なからず、ある。</p>
<p>まず、「代理母によるシングルマザー」は、現行法上不可能という点だ。<br />
特別養子縁組は、配偶者のある者でなければならない。【８１７条の３】<br />
今回の事例で言えば、<br />
代理母による出生以前に、父親が死亡したり、<br />
あるいは離婚したりすると、母にとっては、生まれてきた子との間に、<br />
嫡出子と同様の関係を築くことができなくなる。<br />
通常の養子縁組により、親子となることは出来るが、【７９２条以下】<br />
この場合、特別養子縁組とは異なり、<br />
代理母と養子との親族関係が残存してしまう。【終了の規定がない】<br />
これは確かに実体にそぐわない効果に縛り付けることになる。</p>
<p>シングルマザーの数もそれなりに増え、<br />
必ずしもそれ自体が子の福祉を低下させるとまで言えないとすれば、<br />
特別養子縁組における夫婦共同縁組の要件について再考の余地はある。</p>
<p>次に、年齢制限の問題がある。<br />
特別養子縁組をする養親は、少なくとも夫婦の一方が２５歳以上であり、<br />
他方が２０歳以上であることを要する。【８１７条の４】</p>
<p>この制限に対し、<br />
分娩をしないで母になろうとする者には<br />
分娩をする母よりも精神的成熟を求める<br />
という意味での合理性を認めるのか、<br />
はたまた、これに合理性を認めず年齢制限を条件付にせよ撤廃するのか。<br />
これについても議論の余地はある。</p>
<p>さらに、既に述べた６ヶ月の期間についても、修正の余地はあろう。</p>
<p>以上は、今回の事例と同様に、<br />
母の卵子と父の精子による受精卵を、代理母の子宮で妊娠させて分娩させる<br />
という事例に限った議論である。</p>
<p>これを代理母一般に広げると、今回取り上げた技術上の問題に留まらず、<br />
倫理面からも、より議論の必要が生じ、<br />
現に審議会等で議論されているのは周知の通りであるが、<br />
今回は取り上げない。</p>
<p>今回の感想をまとめると、<br />
１、「戸籍上の呼称」への感情的は不満は、必ずしも大きな問題とは言えない。<br />
２、しかし、もし法効果上の差異を解消するすべがないなら、確かに問題がある。<br />
３、だが、本件では、嫡出と認められないことにより決定的な法的不利益が<br />
　　生じるとは言えない。<br />
４、なぜなら、特別養子縁組という代替的制度を使えば、<br />
　　本件では、ほとんどの法効果上の差異は解消できるからだ。<br />
５、もっとも、より一般的に考えると、「分娩しない血縁上の母」に<br />
　　嫡出関係と同様の親子関係を与えるには、不完全な点がいくつかあり、<br />
　　場合によっては改正の余地がある。</p>
<p><br />
ということである。<br />
メディアには、このような議論をして欲しかった。<br />
「他の制度の活用で不都合解消できないのか？」<br />
との視点が欠如していたことが不思議でならない。<br />
<br />
ただ同情のコメントをしているだけでは、<br />
いかにも救済手段がないような印象を与える。<br />
当然伝えるべきことを伝えないことによって<br />
多くの人に余計な誤解を招くようなことは、<br />
虚偽情報を伝えることと同じくらい、<br />
メディアの責任として注意して避けなければならない。<br />
<br />
－－追記－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－<br />
<br />
一部報道によると、<br />
最高裁では特別養子縁組の活用にも触れられていたが、<br />
当事者が、その活用を望まないということであった。<br />
理由は、手術が行われたアメリカの州で「実親子」とされているのに、<br />
実親が実子を養子にするのはイヤだということらしい。<br />
今後も適用を求める意思はないというニュアンスであった。（不正確な恐れあり）<br />
<br />
これが事実だとすれば、<br />
当事者夫婦の言い分は、極めて疑問である。<br />
日本で暮らし、日本法の適用を受ける以上、<br />
日本法に応じた方法を選択することは当然である。<br />
<br />
このまま適用を申請しないとすれば、<br />
日本法の下では、代理母との親子関係が存続していまい、<br />
代理母が将来日本にやってきて、<br />
子に対して扶養請求をしたり、あるいは、<br />
代理母死亡後、その債権者が相続を根拠に子に弁済を求める<br />
などということが可能となってしまう。<br />
<br />
子のことを真に考えるなら、代理母との親子関係を除去するのが、<br />
当事者夫婦の責務であるはずだ。<br />
<br />
これがなされないなら、法効果の不都合について争ったのではなく、<br />
単に法的な名称についてのみ争っていたことになる。<br />
是非、子のために、特別養子縁組の申請をしてほしい。<br />
既に５歳と聞くが、あと３年経ってしまえば、取り返しがつかないことになる。</p>]]>
    </description>
    <category>感想</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E6%84%9F%E6%83%B3/%E4%BB%A3%E7%90%86%E6%AF%8D%E5%87%BA%E7%94%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E6%84%9F%E6%83%B3</link>
    <pubDate>Wed, 11 Apr 2007 20:15:50 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">layman.blog.shinobi.jp://entry/6</guid>
  </item>
    <item>
    <title>そこまで言って委員会感想２</title>
    <description>
    <![CDATA[<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">今日は</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">テレビ業界の体質問題、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">当番組の問題点、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">対中対韓外交、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">従軍慰安婦問題</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">などがテーマでした。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;<br />
</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">その中で必ずしも主要な部分でなかったかもしれないが、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">放送業界の体質問題についてゲストの方が、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">護送船団のような利権擁護体質、内容の均一化などを批判しながら、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">今後は、多様化路線にもっていくことが望ましいと論じていた。<br />
<br />
それに伴って、<br />
どれもこれも信頼できる放送なのではなく、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">信頼できるものもあれば、適当なものもあればいいじゃないか、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">あとは視聴者の受け取り方の問題だ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「あるある」のような問題は、必ずしも重要な問題でなくなる。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">という趣旨の発言をされていた。<br />
&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">国民一人一人が見抜く目を鍛えることがむしろ重要だ！</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">ということであろう。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">受け取り手の意識のあり方に対する啓蒙としては</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">正しいことを言っていると思うが、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">反面では言ってもしょうがないことであると思う。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">例えば番組のコメンテーター陣のような人達は、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">一日中社会や政治や外交のことを考える時間を持ち、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">あるいは、職業がそれらと密接に関係しており、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">またこれまでの経験により考えられるだけの思考の慣れを持っている。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">気になったことは調べる能力もある。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">ある情報の真偽を把握するために第２第３の情報源にあたることができる。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">ところが、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">多くの一般人は、それぞれ仕事を持ち、あるいは学校に通い、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">各自の用事を足しているのであって、<br />
その時間は社会や政治や外交に使えないのである。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">コメンテーター陣が社会や政治などに使っている時間と能力を、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">別のところに使っているのである。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そして、それにより経済が支えられているのであるから、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そのような時間や力の使い方を批判することは当然出来ない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">一般人は、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">出勤前にたまたま目に入る朝のニュースで、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">あるいはトイレの短い時間を利用して読む新聞の一面などから、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">社会や政治や外交の情報を摂取し、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そういった限られた情報を基に感想を持ち、判断しなければならない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">あるいは、判断させられている。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そのような人々に対し、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「報道を信用するな」「自ら報道を選べ」といったり、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「放送の質管理は多くの選択肢から視聴者の選択に委ねれば良い」</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">ということが、本質的な解決になるのだろうか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;<br />
そんなに真剣にテレビに向き合っていられないのだ。<br />
</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">一般人は、たまたま見た放送についてある程度信頼して、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">感想を抱き、態度を決してしまわざるを得ない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">いろんな放送を見比べて、優れた目で取捨選択している暇は、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">必ずしも与えられていないのである。<br />
<br />
そういう観点からは、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">いかにテレビが多様性の時代に進んでいったとしても、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">発信内容を全くの自由に委ねていいとは思えない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">発信者側の品質管理ということは、絶対におろそかにされてはならないし、</div>
<span style="FONT-SIZE: 10.5pt">放送事業者にある程度共通する放送倫理も、なくしてはならないと思う。<br />
<br />
----<br />
ネット局がまた増加したらしいが、<br />
大変喜ばしいことである。<br />
<br />
パネラー各自の個人的主張や発言の適切性はおいといて、<br />
<br />
　耳辺りのよい無益な抽象的議論を排し、<br />
　具体的で本質的で有益な議論をし、<br />
　パネラー陣それぞれが馴れ合いを許さず、<br />
　またタブーにぎりぎりまで挑戦して、<br />
　安易に結論を出すことをしない<br />
<br />
という番組全体のスタンスは、<br />
今ある議論番組の中で、最も優れていると思う。<br />
いつまでも続いて欲しい番組である。</span>]]>
    </description>
    <category>感想</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E6%84%9F%E6%83%B3/%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%A7%E8%A8%80%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E6%84%9F%E6%83%B3%EF%BC%92</link>
    <pubDate>Sun, 08 Apr 2007 07:39:09 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">layman.blog.shinobi.jp://entry/5</guid>
  </item>
    <item>
    <title>未成年者喫煙問題感想</title>
    <description>
    <![CDATA[<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">未成年アイドルの喫煙について、人々は喫煙未成年者を叩いた。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">未成年者は、未成年者喫煙防止法により、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">確かに喫煙してはならないことになっている。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">とはいえ、同法は、未成年者への販売と、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">親権者、監督者の不制止に対してのみ、罰金を設けている。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">（喫煙未成年者本人に対しては、器具の没収のみ）</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">これは建前上当然のことで、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">未成年喫煙はその健康を害するが、未成年者は判断能力が劣る、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そこで、国が喫煙を禁じる。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">その実現方法は、（本人への制裁でなく）</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">周囲の大人に制裁を課して、環境作りを促す方法によるべきだ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">という論理構造である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">これに対しては、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">未成年者を子ども扱いしすぎだ、本人が一番罰則を受けるべきだ</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">という法改正論はあるだろう。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">しかし、個人的体験からしても、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">やはり健康を害することが実体験としてわかりにくい未成年者が、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">自己の健康被害を理解して喫煙を我慢するということは、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">酷であるし、なにより実効性を欠く。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt" align="left">禁止されていることに対するはがゆさ、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt" align="left">大人っぽさへの憧れ、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そういう未成年者特有の避けがたい衝動で未成年者は喫煙に走るのであり、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">これを仮に防ごうとするのであれば、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">やはり本人より周囲環境に働きかける事が自然な方法だし、より合理的だ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">判断能力が劣ることを理由に制限を加えるのに、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「大人より我慢しなさい、もっと自制心を持ちなさい」</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">というのは矛盾であろう。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">今回の某アイドルの件については、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">２度目であるという理由と、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">特に他の未成年者に大きな影響を与える存在であったという理由から、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">本人が非難の対象になることも当然であった。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">しかし、未成年喫煙問題という観点でいうならば、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">この轟々たる非難の嵐には何か意味があったのか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">それは何か次につながったのか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">本来、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">彼女の実家では放任していたのではないか、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">販売業者はなぜ売ったのか、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">仮に店頭購入でないとすれば、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">他から容易に入手できる日本の環境にこそ問題があるのではないか、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">販売の禁止と親らの監督義務という現行法の手段の実効性はあるのか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">仮に、未成年喫煙の防止というより価値より大人の購入の便利という価値が</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">民意として優先するのであれば、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">未成年喫煙の防止という実効性を欠く措置自体、見直されるべきでないか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">大人は自由に吸いたいが、未成年は絶対だめだ</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">という現在の建前は、現実と照らし合わせて都合がよすぎるのではないか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">いずれかを選択するのならいずれかをあきらめるべきでないか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">という、現行法の手段の問題や、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そもそもの現行法が実現しようとする価値への検討や、再認識が行われるべきであった。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">今回の騒動に留まらず、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">日本の社会問題は、いつもスキャンダラスな犯人探しに終始し、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">既に過去の事実であるある特定の具体的事件の中で議論が終わってしまう。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">探し出した&ldquo;犯人&rdquo;を、批判し、こきおろし、制裁を求め、嘲り、軽蔑し</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">行く末を興味の対象にする。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">これはもはや問題の解決ではない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">傍観者のストレス解消に過ぎず、単なるいじめである。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">全くもって非生産的である。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">背景を分析して事件から学ぶ教訓を一般化し、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">再発防止の具体的方法、さらには、再発防止が本当に必要なのかという</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">価値や方向性の見直しや確認といった作業こそ、むしろなされるべきことだ。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">要は、事件を「他人の失態」として扱うのではなく、</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">「自分達の失態」であると考え直さなければならない。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">&nbsp;</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">批判したくなったときに、まてよ、この批判には本当に理由があるのか。</div>
<div style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" align="left">そんなに正しいことなのか、根本の問題はどこにあるのか<br />
<span style="FONT-SIZE: 10.5pt"><font size="1">と踏みとどまって考えることが重要である。</font></span></div>]]>
    </description>
    <category>感想</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E6%84%9F%E6%83%B3/%E6%9C%AA%E6%88%90%E5%B9%B4%E8%80%85%E5%96%AB%E7%85%99%E5%95%8F%E9%A1%8C%E6%84%9F%E6%83%B3</link>
    <pubDate>Sat, 07 Apr 2007 20:43:46 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">layman.blog.shinobi.jp://entry/4</guid>
  </item>
    <item>
    <title>赤ちゃんポスト感想</title>
    <description>
    <![CDATA[赤ちゃんポストには、基本的に賛成だ。 <br />
<br />
首相は、親の育児放棄に対して懸念されているようである。 <br />
しかし、そもそも子供は親が育てなければならないというのは、 <br />
そこまで人間の本質的な問題だろうか。 <br />
<br />
少し前の日本でも、「丁稚奉公」というようなシステムがあった。 <br />
さらに昔に遡れば、幼い頃に寺社に預けられる子供が多い時代があった。 <br />
<br />
これらは、ある意味で、 <br />
社会的に、子供の養育能力があるものが、養育を負担する。 <br />
という社会システムだったということができるのではないか。 <br />
<br />
人間社会は、時代時代に合わせて、 <br />
養育能力のあるところに子を委ねるという <br />
合理的選択を行ってきたのだと考えることが出来るのではないか。 <br />
<br />
現代日本社会が、「子供は親が養育する」としているのは、 <br />
あくまで、民法がそう定めているからに過ぎない。 <br />
もちろんそれには、 <br />
親が育てることがもっとも社会的にコストが小さい。 <br />
という合理的判断がある。 <br />
<br />
子供は次世代の共同体を担う社会の宝であるという発想からすれば、 <br />
仮に親の勝手気ままな養育によって、 <br />
発揮されるべき子供の能力が阻害されているのであれば、 <br />
それをむしろコストととらえて、 <br />
親に養育を任せず、 <br />
他のセクターで育てるという方法も選択肢の一つであろう。 <br />
<br />
古代ギリシャのポリス国家スパルタは、それを国家として行った。 <br />
<br />
もちろん、スパルタ方式は極めて極端な例である。 <br />
<br />
しかし、 <br />
現代日本において、子は親のものだ、とか、 <br />
親が子の全面的な責任を持つ、というような <br />
考えがまかり通っていることについては、疑問を感じる。 <br />
<br />
子は、親の子であると同時に、もっとも貴重な社会の資源でもある。 <br />
<br />
子を社会に貢献する大人に育てるのは、親だけの義務ではない。 <br />
親が負うのと同じくらい、社会の義務でもある。 <br />
ある親が義務を履行しない場合に、 <br />
その親を非難してみても、何のメリットもない。 <br />
現に親による養育がなされないのであれば、 <br />
直ちに社会が代わって、子を育てなければならない。 <br />
<br />
さらにいえば、 <br />
少子化に進む日本社会の維持ということを考えれば、 <br />
養育能力がない親からは、積極的に子供を剥奪して、社会の戦力に育てる <br />
という選択肢だって、十分検討に値する。 <br />
<br />
もともと子の養育を親に委ねるか、 <br />
あるいは丁稚奉公や近世の寺社のようないわば民間セクターに委ねるか、 <br />
あるいはスパルタ式に公的部門の責任で行うかは、選択の問題である。 <br />
<br />
これまでは、 <br />
親に委ねるのが最もコストが小さいと考えられていたから <br />
親に委ねられていたまでのことである。 <br />
親に委ねることが、リスキーになっているとすれば、 <br />
他の選択肢を取ることは当然である。 <br />
<br />
ポストがあるからと言って養育を放棄する親がいるのであれば、 <br />
そのような者に養育を委ねたままにするのは、 <br />
それは子供にとってはもちろん、 <br />
子供の健全な発達を必要とする社会にとって、 <br />
大いなるリスクではないか。 <br />
<br />
こうして考えると、 <br />
赤ちゃんポストというネイミングはどうあれ、 <br />
その方向性は至極当然のことに思える。]]>
    </description>
    <category>感想</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E6%84%9F%E6%83%B3/%E8%B5%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E6%84%9F%E6%83%B3</link>
    <pubDate>Sat, 07 Apr 2007 09:50:34 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>大衆論</title>
    <description>
    <![CDATA[人間は、「揺れ動く存在」であると思う。 <br />
<br />
生きすぎと反発によって、社会は進んできたと言っても過言ではない。 <br />
<br />
神の目から見た純粋に客観的な視点が仮にあるとして、 <br />
現在の状態が「０」であり、「５０」が合理的で適正な値であるときに、 <br />
「５０」を目指そうという主張は、聞き入れられにくい。 <br />
人々を動かしうるのは、 <br />
「１００」を目指そうという極端なものである。 <br />
<br />
そうして、人々が動き、 <br />
値が８０くらいに達した頃だろうか、 <br />
今度は、反発運動が起こる。 <br />
<br />
人々は行き過ぎに気づき、修正の欲求が生じる。 <br />
しかし、 <br />
それでも人間は、「５０」に戻ろうという主張では、 <br />
簡単に腰を上げようとしない。 <br />
このときもやはり、 <br />
「今までの活動は間違っていた、０に戻ろう」 <br />
という主張によって、人々は初めて腰を上げる。 <br />
<br />
「５０」を目指す運動が選択されるときがあるとすれば、 <br />
神の目をもつ稀な人間が、 <br />
強大な武力、権力を行使して、人々を強制的に動かした場合である。 <br />
大衆が内発的に「５０」を目指すことが出来た例が、歴史上あるのだろうか。 <br />
<br />
もっとも、大衆は、いつまでも「０」と「１００」の間を往復しているわけではない。 <br />
新たな価値の登場や、新たな事実の発見などの外的状況に影響を受けて、 <br />
その「揺れ動き」の幅は、振り子の収束のように徐々に小さくなる。 <br />
最初は行き過ぎに８０で気づいていた人が、次には７０で気づくというようにして、 <br />
長いスパンにおいて、５０を選択して、歴史が形成されてきた。 <br />
<br />
歴史を見るに、このようにして人間界が進んできたことは明らかである。 <br />
<br />
この現象の原因は、 <br />
人間の本質的な保守性にあると考えられる。 <br />
長い間当たり前と感じてきた価値観や、社会のベクトルに対して、 <br />
容易にはむかうことが出来ない。 <br />
はむかった場合の結果としての世界像が、 <br />
明確な像として想像できたときに、 <br />
初めてはむかうことができる。 <br />
こういう明確な像を示すことができるのは、 <br />
いつの場合も、極端な思想なのである。]]>
    </description>
    <category>考え事</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E8%80%83%E3%81%88%E4%BA%8B/%E5%A4%A7%E8%A1%86%E8%AB%96</link>
    <pubDate>Sun, 01 Apr 2007 08:39:19 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>そこまで言って委員会感想１</title>
    <description>
    <![CDATA[本日の、「そこまで言って委員会」。 <br />
環境問題について、「リサイクルはしてはいけない」の著者、 <br />
名古屋大学教授の、武田邦彦氏を招いての討論。 <br />
<br />
そこで語られたのは、 <br />
<br />
・日本の環境運動が模範とするドイツは、 <br />
　実は一人当たりの資源消費量は日本の２倍である。 <br />
・日本の大部分では、分別されたゴミの多くが <br />
　結局焼却炉で焼却処分されている。 <br />
・ペットボトルはリサイクルでペットボトルになるわけではなく、 <br />
　疲弊した資源として繊維など限られた利用方法しかない。 <br />
・そもそも、リサイクル出来ている回収ペットボトルは、 <br />
　７％くらいのものである。 <br />
・ダイオキシンは、セ氏４００～５００度の熱で有機物を燃やすと <br />
　発生し、それは、焼き鳥や焼き魚の煙でも同じである。 <br />
・ごみ焼却炉はより１０００度近くの高温であり、 <br />
　ダイオキシンは発生しない。 <br />
・ダイオキシンの人体への影響の象徴とされるベトドクちゃんも、 <br />
　およそ特異な例が象徴として扱われているに過ぎない。 <br />
<br />
・これらをはじめとして、 <br />
　日本人に与えられている環境情報には誤りがある。 <br />
　政府（環境省）が公表する情報でさえ嘘がある。 <br />
　中には、国際機関と正反対の情報を流してさえいる。 <br />
　まずは客観的事実を正しく認識することが、 <br />
　真の環境問題への対策のために必要である。 <br />
<br />
などということである（記憶間違いの可能性アリ）。 <br />
どれも、説得力があったと思う。 <br />
<br />
<br />
環境問題への姿勢として、賛成である。 <br />
なにかを悪としてして設定して、その撲滅を目標にする <br />
というような環境運動は、 <br />
均衡を崩し、新たな問題を生み出しかねないと思う。 <br />
（自分は罪に関わっていない） <br />
という安心を得るのにしか役立たない。 <br />
<br />
<br />
環境を考える上では、 <br />
あくまで人間が生きるということは、 <br />
それ自体が多かれ少なかれ環境破壊であるということを <br />
忘れてはならないと思う。 <br />
その上で、 <br />
あんまり人間にとって本質的に必要でない行動であれば、 <br />
無駄な環境負担は作らないようにしよう <br />
という方向性で行くべきである。 <br />
議論の対象は、 <br />
なにが自然環境に悪影響を与えているのかという犯人探しではなく、 <br />
人間にとって、長期的視点から、 <br />
本当に必要な活動かどうか、 <br />
より合理的、効率的な活動かどうかという <br />
議論がなされるべきである。 <br />
<br />
このような観点から、教授は、 <br />
リサイクルしない方がいいというのであろう。 <br />
リユース文化の再構築こそ肝要と主張されている。 <br />
<br />
<br />
<br />
とはいえ、 <br />
私は、それでもリサイクル活動に意味はあると思う。 <br />
<br />
ミミズの糞は、土になる。 <br />
すなわち、体と切り離された瞬間にミミズにとって環境となるのである。 <br />
<br />
人間が出したゴミも、ミミズの糞と同様、 <br />
それ自体人間にとって環境であると思うのである。 <br />
<br />
いつの時代も、外部環境＝自然＝資源である。 <br />
であれば、 <br />
ゴミもまた資源。 <br />
<br />
もとからの資源とされてきた化石燃料やらその他鉱物が減少する中で、 <br />
新たな資源である、&ldquo;ゴミ&rdquo;を、資源として、別の物を作り出す。 <br />
そういう文化自体は、 <br />
人間が生き続けていかなければならないとすれば、 <br />
決して不必要とは思えない。 <br />
<br />
そういう意味で、リサイクル文化には意味があると思うのである。 <br />
<br />
<br />
追記 <br />
<br />
武田教授本人が、番組後の反響に対応して、事後解説を試みておられます。<br />
非常に説得力あります。 <br />
&rarr;<a target="_blank" href="http://takedanet.com/2007/04/post_82ef.html">http://takedanet.com/2007/04/post_82ef.html</a>]]>
    </description>
    <category>感想</category>
    <link>http://layman.blog.shinobi.jp/%E6%84%9F%E6%83%B3/%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%A7%E8%A8%80%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E6%84%9F%E6%83%B3%EF%BC%91</link>
    <pubDate>Sun, 25 Mar 2007 12:31:54 GMT</pubDate>
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